【質問と解答】
Q:マンガ本の出版は編集部を通しますが、それはなぜですか?
編集者の目が本当に正しいのであれば、なぜ、出版物に当たりはずれがあるのですか? それも当たることのほうが少なく、大抵がはずれている・・・。
編集部は、つまり出版のプロは、それらを売るつもりで出しているはずなのに、なぜ?
編集者の給料を、完全に業績給や成功報酬制にすれば、現在の職に留まることができ
るでしょうか?
編集者はよく「自分はマンガ家にはなれないが、判断することならできる」と仰っい ますが、 英語の喋れない人に、英語の検定試験ができるものでしょうか?
編集者は、下手でもいいからマンガを自分で作る研修をすべきです。
ロードレースのナビゲーターも、ライセンスは取得していなくても、運転免許くらい
は取得しています。
A:どうやらあまりいい編集者との出会いをしていない方のようですね。マンガ本に限らず、出版というものは「編集」と「販売」の両輪から成り立っているもので、編集者のいない出版自体ありえないのです。おそらく、あなたは編集者の業務についてよく知らず、その一面だけを見ているのだと思います。
「販売」はその名のとおり、製品(本)としてできあがった出版物を売る業務です。宣伝や営業、流通管理等を行い、出版点数の多い大手出版社で は、業務内容によって細かく部署がわかれています。さて、もう一方の「編集」は、製品としての雑誌や書籍をつくる業務です。マンガ家が描いた原稿を本(雑誌や単行本)の形にするのが編集者です。その業務は、企画、取材、作家との打ち合わせ、タイアップ交渉、ロゴデザインや誌面レイアウト の指示、グラビアや記事 の作成、文字指定、進行管理(作家、デザイナー、 製版所、印刷所など)、校正等多岐にわたります。その中で、マンガ制作に おける編集者の役割について、 次に述べていきましょう。
昔のマンガ編集者のイメージとして、マンガ家の仕事場に張り付いて原稿待ちをしている、というものがありますが、これが進行管理の極端な例です。原稿を締め切りどおりに「取る」(原稿を落とさずに雑誌に掲載させる)というのは、今でも最も重要な仕事のひとつですが、同等に大切なのは作品作りのための打ち合わせです。大抵、マンガ家と編集者でブレインストーミングをして詰めるか、どちらかが叩き台としての仮プロットを出して詰めるかしてプロットを固め、ネーム(絵コンテ)段階でさらに直しを入れま す(ネームの前に、字コンテでの打ち合わせを挟む場合もある)。事前の打ち合わせをほとんどせずに完成 度の高いネームを描き上げるベテラン作家も いますが、その場合も取材の手配や参考文献の収集は編集者の役割ですし、 作家の発想を助けるために常に興味をひきそうな本やビデオや話題を提供したりします。ネームについても、週刊連載だと2日くらいしかかけられない ため、編集者がマンガ家と共同でネームをつくる場合も多々あります。また、名前は出ていないが実は編集者が原作を書いている作品もあります。編集者はマンガ作りのサポート役です。敵だと思わず、うまく使ってやろうく らいの気持ちで接してはどうでしょうか。
出版物にあたりはずれがある、というのは当然でしょうね。コミックスの年間発行点数は約8千点です。これは新刊だけの数字なので、既刊コミック スを含めれば、膨大な点数の中からほんの数冊が読者の手にわたるわけです。小さな書店だと入荷もしない本がたくさんあるのが現状です。広告を見て面白そうだな と思っても、書店になければ注文までして手に入れようとする人がどれだけいるでしょうか。すぐ、別の面白そうだなと思う本に興味が 移って忘れてしまいます。内容がよくても売れないことは、ままあることです。世の中には、面白くて売れる本と、面白くないが売れる本と、面白いが 売れない本と、面白くなくて 売れない本があります。人気アイドルがたまたま読んでTVで発言したためにベストセラーになったものもあれば、流行に乗 せて出てるだけの「話題の」本より数倍面白いのに存在すら知られていない 本がどれだけあることか。当たるコミックスだけ出すのは簡単で、知名度と実績のある作家だけを起用し、雑誌アン ケート上位5位の作品のみコミックス化するようにすればいいだけの話です。ただし、新人が出る余地は大幅に減り雑誌と業界は先細りしていくでしょう。コミックスの過剰な新刊点数には、新人の将来への投資といった側面と、大部数想定のメジャー作の隙間を狙ってコアな層をカバーして売り上げに繋げる投機的側面があります。もっ とも、少子化によるマーケットの縮小を背景に、'95年をピークにコミックス の売り上げは減少しているにもかかわらず最近まで発行点数は右肩上がりの傾向にありましたから、今後は新刊点数を漸減させていくことが予想されます。編集者としては、これからは本を作って終わりではなく、 個々のタイト ルを「売る」ための販売戦略にもより一層噛んでいく必要を感じています。
「マンガを描いたことがない編集者にマンガのことがわかるか!」と言うのが、質問の論旨でしょうが、たとえが適切でないと思います。「英語が喋れない 人」というのは「漫画を読んだことのない編集者」であり、「運転免許」も「マンガを実際に描くこと」とは違います。編集者はマンガ専門学校の講師ではあ りません。ペンやパソコンを使って絵を描く技術を知っているに越したことはないですが、編集者として重要なのは、「マンガ読み」のプロであることです。 マンガ家は往々にして自分の作品を客観視できなくな り、ひとりよがりな表現になったり、言葉足らずだったりします。編集者は大多数の読者を代弁して「何を伝えたいのかわかりません」「その表現だとこう誤解して受け止めてしまいますよ」などとマンガ家に伝え、ではどうすればよりわかりやすくなるか、主題を効果的に伝えられるかアドバイスしま す。実は編集者には、学生時代にマンガを描いていたり小説を書いていたり 映画を撮っていたりする人間が割といたりするのですが、そうでなくいきな り営業部から異動になってきました的な編集者でも、半年くらい経つ内には プロのマンガ読みになっているものです。マンガに関しては絵柄や演出方法が様々なので、なまじ経験があって自分のカラーを持っていない方がよかったりさえします。
商業誌マンガ家を目指すならば、読解力の高い評論家やマニア読者を基準にしてはいけません。そのためにもマンガ読みのプロとしての編集者のアドバイスに耳を貸すようにしましょう。ただし、自分のスタイルと異なる演出を指示されたり、主題を取り違えていると感じた時は、遠慮なく自分の主張をぶつけてく ださい。言葉にしなければわからないことも多々あります。私も作家とケンカ腰で議論しあったことが何度もあります。その結果、こちらの意見に納得してくれた場合もありますし、作者の演出意図や主題を誤解していたことがわかり、別の演出を一緒に考えたりもします。互いに納得のい くまでとことん打ち合わせることが肝心です。担当編集者というのは、編集部で一番の味方です。その編集者も納得させられない作品が、大多数の読者の支持を得られるはずがありまん。
それでも、編集者を介したくないというなら、雑誌にこだわらなくてもよいのではないでしょうか。今日では、マスメディアに乗らなくても、作品を発表・販売できる舞台が用意されています。同人市場やネットでのダウンロ ード販売です。私は学生の時、学漫(マンガ研究会のマンガ同人誌)を作っていました が、当時はインターネットどころか同人誌即売会もろくになく (コミケのカタログも薄い中とじだった)、ひとり20〜30冊ずつのノル マで知り合いやクラ スメートに手売りしたものでした。それでも赤字ですから学祭やバイトで稼いで学漫を出していたものです。それに比べれば、個人で容易に商業ベースに乗せることが可能な時代になっています。それでもなお、多くの読者の認知を得るには長い道のりを要するでしょうが、編集者を介しては自分自身が納得のいく創作活動ができないと信じるなら、それもひとつの道です。
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