【質問と解答】
Q:漫画家志望者の描く、マンガの題材の難易度について質問させていただきます。私は今担当の方がついて、2年ほど経ちました。そのうち一度だけ小さな新人賞(奨励賞)をとることができました。現在は、主人公がバンドを始めるという題材で投稿用のマンガを制作中です。何度か同じ題材で取り組んだことはあるのですが、面白いと思えるものを描けたことがありません。家族や担当の方にも、同じような感想を言われます。家族からは、「音楽を題材にした話は難しいのではないか?」と言われました。そこで疑問に思ったのですが、新人のうちで題材にするのに難易度の高いものなどあるのか。あるのであれば、どういったものがそれに当てはまるのか、音楽系はそれにあてはまるのか、教えていただけますか?
A:題材の難易度は、取材の難易度と、作者個人の「引き出し」の有無、漫画という表現形態への向き不向きによって変わってきます。
まず、取材の難しいものとは、医療ものや司法ものなど、専門知識に踏み込んだ内容のものや、現場関係者への直接取材を要する各種業界の内幕ものなどです。漫画家志望者という単なる一個人として取材や撮影許可を得るのは、個人的なコネクションでもない限り容易ではありません。通常は編集部のバックアップが得られる立場になってから挑む題材です。
次の作者の「引き出し」とは、作者自身の経験や蓄積した知識や人脈によるネタや取材源のことです。特定の分野や業界を題材とした作品であっても、作者自身がそれらに携わった経験があれば、難易度は下がります。例えば医学博士でもある手塚治虫氏は『ブラックジャック』を執筆する上でその医学知識や医学界のコネクションが取材に役立ったでしょうし、弘兼憲史氏は『島耕作』シリーズを執筆する上で松下電器産業(現パナソニック)社員時代の経験が役立っているでしょう。また、普段から戦国時代に興味を持って歴史小説や文献を読むのが大好きな戦国マニアなら戦国ものはとっかかりやすいですし、ミリタリマニアなら銃器や兵器のバンバン出てくるアクションものにその知識を役立てることができます。このように、あなた自身にバンドをやっていた経験があるか、趣味でギターを弾いたり作曲をしたりした経験はどうか、自分自身ではそういう経験はなくとも家族や身近な友人がバンドをやっていて取材が容易にできるか---そういうところが作品のネタやエピソードの深みに関わってきます。経験や取材に裏打ちされたエピソードは作品に説得力を与えるのです。
最後に漫画という表現形態への向き不向きについて述べます。漫画は絵と文字によって視覚的に表現する媒体です。映画やTVなどの映像媒体だと音も表現できますが、漫画は媒体の特性上、そうはいきません。つまり、漫画でバンドものを題材とするとき、視覚的に表現できるスポーツものやアクションものと異なり、音楽を直接読者に投げかけることはできません。そこで、音を間接的に表現するための様々な工夫が必要になってきます。ここらへんがバンドものを含めた音楽ものの難しいところです。そこを理解しないで描くと、形だけの演奏シーンで「音」を表現した気になった薄っぺらな作品になります。先人の作家の皆さんは、そこを演奏者や歌手の心情、観客のリアクション、曲のイメージシーンなどで間接的に表現します。さらには「音」そのものをビジュアルで表現するという実験的な試みをする方もいます。もっとも、大半の音楽ものは音そのものではなく人間ドラマに主眼が置かれています。バンドものであれば、音楽に取り組む主人公の内面、バンド内の人間関係、バンドとその外側の人間や組織との関係など、様々なドラマが考えられます。ただし、それを描くにも前項で述べた経験や取材なしでは既成作品のコピーのようなものしか描けません。
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