●牧場の仕事は楽しかったですか?


馬がもうちょっとなついてくれればいいんだけどね。
馬はなついてくれん。
犬と違うんだよ、やっぱりな。
馬が犬くらいになってくれたらねぇ、もっとはまる人間いるな。

俺もまだ怖いの半分あるんだよ。
最初、俺が牧場来たとき、馬のことできると思ってるでしょ、みんな。
だって、変なおっちゃんがいきなりベンツ乗って現れて、
働かしてくれってことは、
この人ひょっとしたら馬の専門家かぐらいに思われるわけでしょ。

いきなりやらされたのは、馬のブラッシングと毎日体温計ること。
馬の体温ってのはケツの穴に体温計入れて計るの、ガラスの。
怖いだろ、500kgの馬の後ろに回ってケツに体温計入れるわけだよ。
そしたら尻に入れられるから、ちょっと暴れるじゃん。
その瞬間に、もう俺嫌ですって(笑)。

それとね、ブラッシングしてると馬はすっごい気持ちいいわけ。
狭い馬房の中でやるから、馬は気持ちいいから、
どんどんどんどん、こっちにすり寄って来るの。
すり寄って来てペタって壁にくっつけられたときの500kgの圧力?
グーっと来たときに、俺死ぬなって思ったから(笑)。

それが済んだら、今度は引き運動っていって馬を引いて来るの。
引いて来るときに馬の方で俺がへたなのわかるじゃない。
すると、俺をからかうわけよ。
脚をわざとこっち側に寄せて来るわけ。
そうすると俺の足を踏むような形になるから、やだなと思って…、
みんなに相談して、おい、みんな、馬に足を踏まれたことない?って聞いたら、
だいたい2〜3回小指の骨折ってるよって聞いた瞬間に(笑)、
俺もうやだって。
それで、もう馬は触らないと、そのかわり、下働きなんでもやりますからって。

最初に来たときは、よし馬に乗れるようになって帰ってやろうとかね、
完璧に調教ぐらいやってやるわいぐらいな意志で来たんだけど、
もう初日からそれだから、もう2日目から、
すまん! 馬には触れなくていいから(笑)。

1ヵ月くらいいたでしょ。だいたいわかる。
その時、まだ牧場大きくなってる最中だから、
いっぱい新人が入ってくるわけでしょ。
だいたいね、最初の1ヵ月でケツ割るかどうか、3ヵ月もてばずっといる。
早いのは、俺がいるあいだで1週間でいなくなったのがいる。

憧れてくるわけ。
アルバイトニュースとか見て、北海道の牧場で働きたいって。
まあ、一緒だよ。
こんなきれいなところで、働きたいと思って来るんだけど、
その内容のハードさ…、
馬の怖さ、牧場の仕事のハードさ、
これでだいたい1週間くらいで顔が暗くなってくるわけ。
あっ、いなくなるなと思うとあっという間にいなくなるね。

やっぱり牧場の仕事って、かっこいいなとかきれいとか、
自然と一緒、馬と一緒とか、そんな憧れで続く世界じゃないから。

俺が一番やったのは草刈りと馬房の掃除でしょ。
もう、二日酔いでうんこ拾わなければいけないわけ。
どのくらい一緒に吐いてたか(笑)、すごかったな。
ゲロ吐きながら掃除やってたからな…。
そういうハードな仕事が楽しくなってくると残るんだよ。
そういうハードさが、ああ、もうきついなってなっちゃうと現実見ちゃって…、
その現実をどのくらい自分の中で楽しんでしまうかみたいなところあるじゃんか。
今でもまたなんかあったら、働かせてくださいってのはあるよね。


●本当に馬が好きですよね?

俺、馬好きなんだよな。
形が見えないって言うか、すっごく夢が膨らむ世界なわけ。
ブラッドスポーツ、いわゆるサラブレットの世界って、競争の世界でしょ。
例えば、自分の子供が生まれて、生まれた瞬間は全部天才だと思うわけ。
ところが子供を育てていくってことは、
ある意味では自分の夢を削り取っていくようなことなわけ。
最初、じゃあ、うちの子はここまでいかせようと思ってるんだけど、
あ、ここの部分才能ないな、才能ないなって言って、
どんどん削り取っていくような…、子育てってそうでしょ。
馬もまったく最初、夢あるわけよ。ダービーとか。
ところが、あっ、ダメだダメだ、じゃあ1勝でいいや。
でも、それってすっごく楽しいわけ。
ひょっとしたらって…、
まったく自分の子供に対する期待、育て方と同じとこあるよね。

ペットと違って、ある意味競争の世界で生きて行くわけだ。
ペットは競争しないから。
ただ、かわいがっているだけでしょ。
ところが、馬には競争の中で上がって行くっていう、
ひょっとしたらすごい子供かもしれないっていう、
それはやっぱりなんだろうな…、
毎日が運動会みたいなものでしょ。
子供の運動会が毎日あるっていう。
しかも、自分の子供がひょっとしたら勝てるかもしれないって…、
そういう毎日運動会出てるみたいっていうのは楽しいよ(しみじみ)。

だから、馬持った人たちも、最初は1勝しようとか、
最初はみんなダービーだとか…、で、最終的には1勝すりゃあいいか。
で、何考えてるかって言うと、脚折らないように!(笑)
無事で回って来いよ、脚だけ折るなよって、
本当に子供と一緒になってるしね(笑)。

でもそこに大金かかってるっていう、またまたすごい現実があるからね。
この世界はね、ロマンだけじゃない。
銭っていう、金っていう部分がそこに絡んでるっていう、
複合的な人間達がそこに寄り集まってる現実があるわけ……。

※本文中( )内の表記、および[編集メモ]漫画街。氏名敬称略。
記録に誤りや漏れなどありましたら、ご指摘ください。

(第4回 終)

★次回は『初期、史村翔連載作』のお話をお聞きする予定です。お楽しみに。



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