●デビューのころの先生にとって、編集者はどんな存在でしたか?
ともかく、俺が史村翔でデビューしたころは、
講談社のその編集者と出会った、小学館のその編集者と出会った。
その2人との出会いが一番大きかったね。
本来なら集英社だけで、『ドーベルマン』だけで行くのに、
講談社の編集は前からいろいろ道をつけてくれて、
やれって言ってくれた。
それで小学館の編集は、飲み屋の席なんだけど…、
とりあえずやらないかって。
今考えると、うん…、
俺にとって、その時代のすごい素晴らしい編集と出会えた環境にあった
ってのが一番でかいよな。
今でも講談社のその編集、ある意味では尊敬してるし、
小学館のその編集も尊敬してるし、
あいつら、そういうこと言うとすぐ増長するから、
あんまり言いたくないけど…、やっぱりとかな(笑)。
でもやっぱり、編集だよ。
いい編集に当たるか当たんないかっていう、
講談社のその編集、なんだかんだ言っていつもケンカしてるけど、
漫画王道論っていうかさ、やっぱり漫画は王道であるって…、
きついこと言うわけよ。
流されるなとか、自分の意見で書けとかさ。
小学館の編集は編集で、こっちの力を計る感じの言い方をするわけね。
やっぱり、常に二人ともこっちの力を計るのよ。
きついんだけど、
そこと戦わなきゃいけないから、
そういう編集が俺の前にいてくれたってことが、
ずっと俺の中で戦い続けてる一つの形ができたってがあるよね、うん。
なあなあにならないっていう…、
いつでも戦っているっていう。
だから、俺の中ではいつでもその二人をうならせてやろう
っていうのがあったから、それがなければ…、
あと、あきおさんの意見がなければ、
増長してけっこう短命に終わってたかもしれないね。
●恵まれてますよね
出会いとしては、元・集英社の西村さん、あと本宮ひろ志と…、
(第3回目参照)
それとやっぱり、ラッキーだね。
本当にいい編集、単純にいい編集って言っていいかわからないんだけど、
俺にとってはとてつもなく恵まれてる人に出会えたってことだろうな。
小学館の編集は2つ上、講談社の編集は一緒。世代的には同じ。
そうだな、3人ともやっぱ漫画が好きだったんだね。
本当に漫画が好きで、漫画のこと考えてやってる人達だから、
なんてのかな…、
だから、俺にまで手を伸ばして来たってのはあるよね。
だから、漫画を本当に好きな編集に出会えたってのは、
やっぱりラッキーだったろうな。
いい時代だったよ。
西村さん含めて3人とも、まさか俺がここまで生き延びてるとかは
思わなかったろうし(笑)。
でも、3人にとっても、俺がここまで生き延びてるっていうのは
うれしいと思うよ、うん。
でも、結局なんだかんだ言って生き残れてるのは、
もちろん最終的には俺の力だけどね!!(きっぱり&笑)
でも、そういう人たちがいなければ、こういうふうになっていないのは事実だから。
※本文中( )内の表記、および[編集メモ]漫画街。氏名敬称略。
記録に誤りや漏れなどありましたら、ご指摘ください。
(第5回 終)
★次回は『ヤングマガジン』のお話をお聞きする予定です。お楽しみに。
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